radioDTMリスナーの皆さん、お疲れ様です。
コヤマリョウです。
夏の終わりの気配が漂う昨今、いかがお過ごしですか?良い夏を過ごしましたか?
私はなかなかの夏でした。結構な金を使って、娯楽と満足を買いました。
人から何と言われようと私が楽しかったので、良い夏でした。

人に迷惑をかけない程度に好き勝手やっている。やらなくても死なない程度の事ばかりをやって満足を手に入れている。
そんな事の絶頂の部分がありありと描いている作品を今回は紹介します。

 

このコラムでは私コヤマリョウが好きなモノを、文化人気取りでジャンルに拘らず節操無く紹介していきます。
あくまでも個人的な視点で対象に対して思った事・考えた事を書いていこうと思います。
このコラムで興味を持ってもらえたり、飲み会のネタの一つになってもらえれば光栄です。
テーマは「曝せ、SKY(サブカルクソ野郎)」です。

 

まあ先に書いてしまいますと、
満足の為に毎日々々やらなくても死にはしない事をやっていて、その最も分かり易くて重点を置いているのが(恥ずかしながら・私個人は)恋なんだと思っています。
それがとても恥ずかしくて馬鹿らしいけどホッコリする様を、瑞々しく描いた映画を今回は紹介したいと思います。
それがコチラ、

「恋する惑星」(監督 ウォン・カーウァイ)

恋する惑星

1994年の香港映画です。
私が初めて見たのは中学生の頃。映画に興味を持ち始めた頃に見たこの映画の予告編がなんだかとてもオシャレに思えて、「これ見てりゃ格好良いだろう」位の気持ちでビデオを借りたのを今でも覚えている。
当時見た映画の感想は「映像は綺麗で、大した事は言っていないな。でも大人になったら、あんな風に出来たら良いな」というモノだった。
そして大人になって改めて見た感想も、それと大して変わらなかった。
私はこの映画が好きだ。

 

物語のあらすじは、失恋した男が次の恋にいくまでの話。
ただそれだけだ。言葉にしてしまえば本当にそれ以上でも以下でもない。
傷付いた男とちょっと変な女が、それぞれの普通の生活を送るだけ。
(でもそれを娯楽として成立させるのも映像メディアの醍醐味の一つなのではないかと思う。)

私が思うこの映画の魅力は「無駄な事」だ。
登場人物達は他人が見たら馬鹿にされるような所謂「自分ルール」にのっとり生きていく。
少しでも傷付いたり前向きになりたい自分を満足させる為に無駄な事を繰り返す。
そして、その無駄のモチベーションも無駄の行き着く先も恋なのが凄く良い。
暇だろうが忙しかろうが、結局そんなモンだ。

この映画は二つの恋が始まって終わる。もしかしたら、その先は上手くいかないかも知れない。
まあ失っても死にはしない事だけど、無駄の先に辿り着いた満足だから、その満足を維持・それ以上にする為に新しい満足を背負うくらい大した事じゃないのかも知れない。

 

もし貴方が今、退屈だったり満足してないんだったら、この映画を見れば良い。
みんなそんなモンですよ。っていうのが分かりますよ。
少なくとも私は中学生の頃からそうだったようです。

【コヤマリョウ】